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日本の元号一覧|南北朝・室町・安土桃山時代

日本の暦

南北朝時代

南北朝時代*なんぼくちょうじだい元号*げんごう は、「南朝」が「9」の元号、「北朝」が「17」の元号が存在している。

 

南朝

南朝*なんちょうとは、室町幕府 初代征夷大将軍 足利尊氏*あしかが たかうじによって謀反を起こされた大覚寺統*だいかくじとうの後醍醐天皇が、京都から大和国*やまとのくに
/ 奈良県南部
に位置する吉野へと逃れ、北朝と室町幕府に対立する形で吉野に拠点を設けた朝廷のこと。

 

156
元号名
建武 けんむ
始期
元弘4年1月29日
1334年3月5日
終期
南朝
建武3年2月29日
1336年4月11日
北朝
建武5年8月28日
1338年10月11日
年数
南朝
3年
北朝
5年
天皇名
第96代 後醍醐天皇 ごだいごてんのう
在位
文保2年2月26日-延元4年8月15日
1318年3月29日-1339年9月18日
改元理由
擾乱帰正*
/ ある混乱や騒動、不正などから本来の状態や秩序に戻ること

由来・出典
文選*もんぜん
/ 古代中国の詩文集
」宣徳皇后令 任彦升

隆昌季年勤王始著、建武惟新、締構斯在
隆昌*りゅうしょうの最後の年に、勤王の志がはっきりと現れ、建武*けんむの時代にはただ新しいものを求め、組織を立て整えるのもまさにここにあった。
157 / 南朝 2
元号名
延元 えんげん
始期
建武3年2月29日
1336年4月11日
終期
延元5年4月28日
1340年5月25日
年数
5年
天皇名
第96代 後醍醐天皇 ごだいごてんのう
在位
文保2年2月26日-延元4年8月15日
1318年3月29日-1339年9月18日
天皇名
第97代 後村上天皇 ごむらかみてんのう
在位
延元4年8月15日-正平23年3月11日
1339年9月18日-1368年3月29日
改元理由
戦乱*せんらん
/ 建武の乱

由来・出典
梁書*りょうしょ
/ 古代中国の南北朝時代の国 梁(りょう)のことを記した歴史書

沈休文等奏言、聖徳所被、上自蒼蒼、下延元元
沈休文*しん きゅうぶん
/ 中国南北朝時代の文学者・政治家 沈約(しんやく)
らが奏上して言うには、「聖なる徳が行きわたるところは、上は蒼天にまで及び、下はすべての人民にまで広がっております。」
158 / 南朝 3
元号名
興国 こうこく
始期
延元5年4月28日
1340年5月25日
終期
興国7年12月8日
1347年1月20日
年数
7年
天皇名
第97代 後村上天皇 ごむらかみてんのう
在位
延元4年8月15日-正平23年3月11日
1339年9月18日-1368年3月29日
改元理由
後醍醐天皇からの譲位*じょうい
/ 天皇や君主が存命中にその地位を後継者に譲ること
を受けて、第7皇子である義良親王*のりよししんのう践祚*せんそ
/ 天皇の位を受け継ぐこと
し、後村上天皇となったことによる改元
由来・出典
159 / 南朝 4
元号名
正平 しょうへい
始期
興国7年12月8日
1347年1月20日
終期
正平25年7月24日
1370年8月16日
年数
25年
天皇名
第97代 後村上天皇 ごむらかみてんのう
在位
延元4年8月15日-正平23年3月11日
1339年9月18日-1368年3月29日
天皇名
第98代 長慶天皇 ちょうけいてんのう
在位
正平23年3月-弘和3年冬
1368年3月-1383年冬
改元理由
天変*てんぺん
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる異変

戦乱
由来・出典
160 / 南朝 5
元号名
建徳 けんとく
始期
正平25年7月24日
1370年8月16日
終期
建徳3年4月
1372年5月
年数
3年
天皇名
第98代 長慶天皇 ちょうけいてんのう
在位
正平23年3月-弘和3年冬
1368年3月-1383年冬
改元理由
後村上天皇の崩御*ほうぎょに伴い、第一皇子である寛成親王*ゆたなりしんのう践祚*せんそし、長慶天皇となったことによる改元
由来・出典
「文選」巻2
建至徳以創洪業
最高の徳を確立し、それによって大いなる国家の基を築いた
161 / 南朝 6
元号名
文中 ぶんちゅう
始期
建徳3年4月
1372年5月
終期
文中4年5月27日
1375年6月26日
年数
4年
天皇名
第98代 長慶天皇 ちょうけいてんのう
在位
正平23年3月-弘和3年冬
1368年3月-1383年冬
改元理由
天災地変*てんさいちへん
/ 自然界の変動によって起こる災害や異変

由来・出典
162 / 南朝 7
元号名
天授 てんじゅ
始期
文中4年5月27日
1375年6月26日
終期
天授7年2月10日
1381年3月6日
年数
7年
天皇名
第98代 長慶天皇 ちょうけいてんのう
在位
正平23年3月-弘和3年冬
1368年3月-1383年冬
改元理由
山崩れ
天変地妖*てんぺんちよう
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる変動と地震・津波・噴火・洪水・異常気象など地上に起こる変異

由来・出典
史記*しき
/ 中国最初の歴史書
」巻92 淮陰侯列伝

且陛下所謂天授、非人力也
また陛下の能力はいわゆる天から授けられた能力であって、人の力ではない
163 / 南朝 8
元号名
弘和 こうわ
始期
天授7年2月10日
1381年3月6日
終期
弘和4年4月28日
1384年5月18日
年数
4年
天皇名
第98代 長慶天皇 ちょうけいてんのう
在位
正平23年3月-弘和3年冬
1368年3月-1383年冬
天皇名
第99代 後亀山天皇 ごかめやまてんのう
在位
弘和3年冬-元中9年閏10月5日
1383年冬-1392年11月19日
改元理由
辛酉革命*しんゆうかくめい
/ 60年に一度くる「辛酉」の年に起こるとされる革命を避けるため

由来・出典
164 / 南朝 9
元号名
元中 げんちゅう
始期
弘和4年4月28日
1384年5月18日
終期
元中9年閏10月5日
1392年11月19日
年数
9年
天皇名
第99代 後亀山天皇 ごかめやまてんのう
在位
弘和3年冬-元中9年閏10月5日
1383年冬-1392年11月19日
改元理由
慶天皇からの譲位*じょういを受けて、弟である熙成親王*ひろなりしんのう践祚*せんそし、後亀山天皇となったことによる改元
甲子革令*かっしかくめい
/ 60年に一度くる「甲子」の年に起こるとされる革命を避けるため

由来・出典

 

北朝

北朝*ほくちょうとは、後醍醐天皇*ごだいごてんのうにより天皇を中心とした政治が行われた「建武の新政」が約3年ほどで崩壊したことを受けて、室町幕府 初代征夷大将軍 足利尊氏*あしかが たかうじ持明院統*じみょういんとう光明天皇*こうみょうてんのう擁立*ようりつ
/ 支持して首位に就かせること
し、京都に拠点を設けた朝廷のこと。

 

- / 北朝 2
元号名
暦応 りゃくおう
暦応 れきおう
始期
建武5年8月28日
1338年10月11日
終期
暦応5年4月27日
1342年6月1日
年数
5年
天皇名
第1代 光厳天皇 こうごんてんのう
在位
元弘元年9月20日-正慶2年5月25日
1331年10月22日-1333年7月7日
天皇名
第2代 光明天皇 こうみょうてんのう
在位
lb-貞和4年10月27日
1336年9月20日-1348年11月18日
改元理由
後醍醐天皇に廃位*はいい
/ 在位している君主を強要して退かせること
されていた光厳上皇からの院宣*いんぜん
/ 上皇や法皇の命令を受けて出す文書
を受けて、弟である豊仁親王*ゆたひとしんのうが践祚し、光明天皇となったことによる改元
由来・出典
帝王代記*ていおうだいき
/ 歴代天皇の事跡を年代順に記録した年代記

堯時有草、夾階而生、王者以是占暦、応和而生
堯*ぎょうの時代に、宮殿の階段の両側に草が生えた。王はこれによって暦を占い、その草は天地の調和に応じて生えた
- / 北朝 3
元号名
康永 こうえい
始期
暦応5年4月27日
1342年6月1日
終期
康永4年10月21日
1345年11月15日
年数
4年
天皇名
第2代 光明天皇 こうみょうてんのう
在位
建武3年8月15日-貞和4年10月27日
1336年9月20日-1348年11月18日
改元理由
天変地妖*てんぺんちよう
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる変動と地震・津波・噴火・洪水・異常気象など地上に起こる変異

疾疫*しつえき
/ 悪性の流行病

由来・出典
漢書*かんじょ
/ 古代中国王朝 前漢(ぜんかん)のことを記した歴史書

海内康平、永保国家
天下が安らかに治まり、国家を永く保つ
- / 北朝 4
元号名
貞和 じょうわ
貞和 ていわ
始期
康永4年10月21日
1345年11月15日
終期
貞和6年2月27日
1350年4月4日
年数
6年
天皇名
第2代 光明天皇 こうみょうてんのう
在位
建武3年8月15日-貞和4年10月27日
1336年9月20日-1348年11月18日
天皇名
第3代 崇光天皇 すこうてんのう
在位
貞和4年10月27日-観応2年11月7日
1348年11月18日-1351年11月26日
改元理由
天変*てんぺん
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる異変

疾疫*しつえき
/ 悪性の流行病

水害
由来・出典
芸文類聚*げいもんるいじゅう
/ 古代中国の百科事典
」帝王部

体乾霊之休徳、稟貞和之純精
天の霊妙で優れた徳をその身に体現し、正しく調和のとれた純粋な精気を天から受けている
- / 北朝 5
元号名
観応 かんのう
観応 かんおう
始期
貞和6年2月27日
1350年4月4日
終期
観応3年9月27日
1352年11月4日
年数
3年
天皇名
第3代 崇光天皇 すこうてんのう
在位
貞和4年10月27日-観応2年11月7日
1348年11月18日-1351年11月26日
天皇名
第4代 後光厳天皇 ごこうごんてんのう
在位
観応3年8月17日-応安4年3月23日
1352年9月25日-1371年4月9日
改元理由
後伏見天皇からの譲位*じょういを受けて、第一皇子である弥仁親王*いやひとしんのう践祚*せんそし、崇光天皇となったことによる改元
由来・出典
荘子*そうし
/ 中国戦国時代の思想家 荘子の思想を記した思想書
」外篇天地

玄古之君天下無為也、疏曰、以虚通之理、観応物之数而無為
いにしえの君主は、天下を治めるにあたって作為をしなかった。注釈によれば、「心を虚しくして万物に通じる道理によって、物事が自然に応じて動くありさまを見極め、そのうえで人為を加えないのである。」
- / 北朝 6
元号名
文和 ぶんな
文和 ぶんわ
始期
観応3年9月27日
1352年11月4日
終期
文和5年3月28日
1356年4月29日
年数
5年
天皇名
第4代 後光厳天皇 ごこうごんてんのう
在位
観応3年8月17日-応安4年3月23日
1352年9月25日-1371年4月9日
改元理由
崇光天皇が南朝によって退位させられたことに伴い、弟である弥仁親王*いやひとしんのう践祚*せんそし、後光厳天皇となったことによる改元
由来・出典
旧唐書*くとうじょ
/ 古代中国王朝 唐(とう)の史実を記した歴史書
」巻14 順宗紀

叡哲温文、寛和仁恵
三国志*さんごくし
/ 古代中国の春秋時代(しゅんじゅうじだい)のことを記した歴史書
」呉志 孫権伝

文和於内、武信于外
内政においては文徳によって人々を和ませ、対外的には武威によって信義を示す。
- / 北朝 7
元号名
延文 えんぶん
始期
文和5年3月28日
1356年4月29日
終期
延文6年3月29日
1361年5月4日
年数
6年
天皇名
第4代 後光厳天皇 ごこうごんてんのう
在位
観応3年8月17日-応安4年3月23日
1352年9月25日-1371年4月9日
改元理由
戦乱
由来・出典
「漢書」巻88 儒林伝
延文学儒者以百数
文学に通じた儒者を招き、その数は百人にのぼった
- / 北朝 8
元号名
康安 こうあん
始期
延文6年3月29日
1361年5月4日
終期
康安2年9月23日
1362年10月11日
年数
2年
天皇名
第4代 後光厳天皇 ごこうごんてんのう
在位
観応3年8月17日-応安4年3月23日
1352年9月25日-1371年4月9日
改元理由
戦乱
天変地妖*てんぺんちよう
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる変動と地震・津波・噴火・洪水・異常気象など地上に起こる変異

疾疫*しつえき
/ 悪性の流行病

由来・出典
「旧唐書」巻28
作治康凱安之舞
史記正義*しきせいぎ
/ 中国最初の歴史書 史記(しき)について書かれた注釈書

天下衆事咸得康安、以致天下太平
天下のあらゆることがすべて安らかに治まり、それによって天下に太平がもたらされた
- / 北朝 9
元号名
貞治 じょうじ
貞治 ていじ
始期
康安2年9月23日
1362年10月11日
終期
貞治7年2月18日
1368年3月7日
年数
7年
天皇名
第4代 後光厳天皇 ごこうごんてんのう
在位
観応3年8月17日-応安4年3月23日
1352年9月25日-1371年4月9日
改元理由
戦乱
天変地妖*てんぺんちよう
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる変動と地震・津波・噴火・洪水・異常気象など地上に起こる変異

疾疫*しつえき
/ 悪性の流行病

地震
由来・出典
易経*えききょう
/ 古代中国の儒教(じゅきょう)の経典
(周易)」象下

利武人之貞、志治也
武人の正しさをよしとするのは、国を治めようとする志があるからである
- / 北朝 10
元号名
応安 おうあん
始期
貞治7年2月18日
1368年3月7日
終期
応安8年2月27日
1375年3月29日
年数
8年
天皇名
第4代 後光厳天皇 ごこうごんてんのう
在位
観応3年8月17日-応安4年3月23日
1352年9月25日-1371年4月9日
天皇名
第5代 後円融天皇 ごえんゆうてんのう
在位
応安4年3月23日-永徳2年4月11日
1371年4月9日-1382年5月24日
改元理由
天変地妖*てんぺんちよう
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる変動と地震・津波・噴火・洪水・異常気象など地上に起こる変異

疾疫*しつえき
/ 悪性の流行病

由来・出典
毛詩正義*もうしせいぎ
/ 古代中国の思想家 孔子(こうし)が編(あ)んだとされる中国最古の詩集 毛詩(もうし)の注釈書
」大雅江漢

今四方既已平、服王国之内、幸応安定
今や天下はすでに平定され、国内のすべてが王に従っている。まことに幸いにも、世は安定へと向かっている
- / 北朝 11
元号名
永和 えいわ
始期
応安8年2月27日
1375年3月29日
終期
永和5年3月22日
1379年4月9日
年数
5年
天皇名
第5代 後円融天皇 ごえんゆうてんのう
在位
応安4年3月23日-永徳2年4月11日
1371年4月9日-1382年5月24日
改元理由
後伏見天皇からの譲位*じょういを受けて、第二皇子である緒仁親王*おひとしんのう践祚*せんそし、後円融天皇となったことによる改元
由来・出典
書経*しょきょう
/ 古代中国の経書
(尚書)」舜典

詩言志、歌永言、声依永、律和歌、八音克諧、無相奪倫、神人以和
詩とは、人の志や心を言葉で表すものである。歌とは、その言葉を引き伸ばして歌うものである。は、その引き伸ばされた言葉に基づく。音律は、歌を調和させる。八種類の楽器の音がうまく調和し、互いに役割を奪い合うことなく秩序を保てば、神と人との世界はともに調和する。
「芸文類聚」巻8
九功六義之興、依永和声之製、志由興作、情以詞宣
九功や六義という詩の理念は、詩の調べや音律の形式にもとづいて生まれ、志は興によって呼び起こされ、感情は言葉によって表現される
- / 北朝 12
元号名
康暦 こうりゃく
始期
永和5年3月22日
1379年4月9日
終期
康暦3年2月24日
1381年3月20日
年数
3年
天皇名
第5代 後円融天皇 ごえんゆうてんのう
在位
応安4年3月23日-永徳2年4月11日
1371年4月9日-1382年5月24日
改元理由
天変*てんぺん
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる異変

疾疫*しつえき
/ 悪性の流行病

戦乱
由来・出典
「旧唐書」
承成康之暦業
康之の暦に関わる業績を受け継ぎ成し遂げる
- / 北朝 13
元号名
永徳 えいとく
始期
康暦3年2月24日
1381年3月20日
終期
永徳4年2月27日
1384年3月19日
年数
4年
天皇名
第5代 後円融天皇 ごえんゆうてんのう
在位
応安4年3月23日-永徳2年4月11日
1371年4月9日-1382年5月24日
天皇名
第6代 後小松天皇 ごこまつてんのう
在位
永徳2年4月11日-応永19年8月29日
1382年5月24日-1412年10月5日
改元理由
辛酉革命*しんゆうかくめい
/ 60年に一度くる「辛酉」の年に起こるとされる革命を避けるため

由来・出典
- / 北朝 14
元号名
至徳 しとく
始期
永徳4年2月27日
1384年3月19日
終期
至徳4年8月23日
1387年10月5日
年数
4年
天皇名
第6代 後小松天皇 ごこまつてんのう
在位
永徳2年4月11日-応永19年8月29日
1382年5月24日-1412年10月5日
改元理由
後円融天皇からの譲位*じょういを受けて、第一皇子である幹仁親王*もとひとしんのうがわずか6歳で践祚*せんそし、後小松天皇となったことによる改元
甲子革令*かっしかくめい
/ 60年に一度くる「甲子」の年に起こるとされる革命を避けるため

由来・出典
孝経*こうきょう
/ 儒教の根本道徳である「孝(こう / 親に対して子が尊敬し仕えること)」について、古代中国の思想家 孔子(こうし)が弟子の曾子(そうし)に説いた内容をまとめたとされる書物

先王有至徳要道、以順天下
先王には至高の徳と重要な道があり、それによって天下をうまく治めた
- / 北朝 15
元号名
嘉慶 かけい
嘉慶 かきょう
始期
至徳4年8月23日
1387年10月5日
終期
嘉慶3年2月9日
1389年3月7日
年数
3年
天皇名
第6代 後小松天皇 ごこまつてんのう
在位
永徳2年4月11日-応永19年8月29日
1382年5月24日-1412年10月5日
改元理由
疾疫(しつえき / 悪性の流行病)
由来・出典
「毛詩正義」
将有嘉慶、禎祥先来見也
嘉慶と禎祥が先にお目にかかることになるだろう
- / 北朝 16
元号名
康応 こうおう
始期
嘉慶3年2月9日
1389年3月7日
終期
康応2年3月26日
1390年4月12日
年数
2年
天皇名
第6代 後小松天皇 ごこまつてんのう
在位
永徳2年4月11日-応永19年8月29日
1382年5月24日-1412年10月5日
改元理由
朝廷の重要な役職の人や、位の高い僧が相次いで亡くなったため
由来・出典
「文選」巻8 七啓
国富民康、神応烋臻、屡獲嘉祥
国は豊かで民は安泰、神の恵みは深く行き届き、たびたび吉兆に恵まれる
- / 北朝 17
元号名
明徳 めいとく
始期
康応2年3月26日
1390年4月12日
終期
明徳5年7月5日
1394年8月2日
年数
5年
天皇名
第6代 後小松天皇 ごこまつてんのう
在位
永徳2年4月11日-応永19年8月29日
1382年5月24日-1412年10月5日
改元理由
天変*てんぺん
/ 暴風雨・落雷・日食・月食・彗星など天空に起こる異変

戦乱
由来・出典
礼記*らいき
/ 古代中国の経書
」大学

大学之道、在明明徳、在親民
大学の道は、明徳を明らかにすることにあり、民を親しむことにある

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日本の暦
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